学校礼拝(第37回)
<今週の聖句>
「 一つの部分が苦しめば、全ての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、全ての部分が共に喜ぶのです。 」
(コリントの信徒への手紙Ⅰ 12章26節)
<今週の奨励>
「みんな大切」 (浅居 正信 先生)
コリントの手紙を書いたパウロは、「体にいろいろな部分があるように、社会にもいろいろな部分がある」と言います。部分が集まってやっとひとつの体として成り立つように、人間が集まって社会が構成されます。体の部分がそれぞれに大事なように、家族やクラスや学校や社会や世界の中の人間もそれぞれが大切なひとりひとりなのです。
私たちの周りにはいろいろな人がいます。みんな違う、みんなが同じではないのです。みんながそれぞれに違っている、けれども違っていながらひとつの体を形作っているのです。「違っているから私は別の体である、違っているから同じ社会の世界の中の一員ではない」とは言えないといいます。違っていていいのです。違っていないと体として成り立たない、社会としても成り立たないのではないでしょうか。
私なんて、あの人のように立派なことができない、能力もない、役に立たないという人がいます。でもパウロは誰に向かっても「お前は要らない」とは言えないといいます。他よりも弱く見える部分が必要だと言います。あってもなくてもどうでもいいような者はいません。この世の価値観や人間的に見て、必要ないと思えるような人こそが必要なんだ、と私たちに聖書は伝えます。
みんな大切なひとりひとりであるという発想で、共に苦しみ、共に喜んで、ひとつひとつの部分が、お互いに不足分を補い合い、支え合い、社会を形成していこうと促しています。





















